東京高等裁判所 昭和39年(ネ)2289号 判決 1976年4月08日
控訴人
呉場
右訴訟代理人
花岡隆治
外一〇名
控訴人
福田実
控訴人
出浦長
右両名訴訟代理人
古長六郎
被控訴人
協同組合日本華僑経済合作社
右代表者理事
呂漱石
右訴訟代理人
岡出錫渕
外三名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人の控訴人呉に対する請求について
1 被控訴人が、昭和三〇年三月二九日、控訴人呉に対し、二二七〇万円を、弁済期昭和三〇年六月二六日、期限に債務を弁済しないときは本来の請求に代え代物弁済として本件土地を取得しうるとの約定のもとに貸付けたことは当事者間に争がなく、<証拠>によれば、右代物弁済予約の具体的内容は、右貸金債務の担保として本件土地に順位一番の抵当権を設定するとともに、控訴人呉が期限の利益を失いまたは約定の期限を徒過したときは、被控訴人はその選択により本来の請求に代え代物弁済として本件の担保物の所有権を取得することができる、ただし、被控訴人は遅滞なく日本勧業銀行をして本件担保物の坪当り時価を鑑定させ、その結果本件債務金額を超過する部分があるときは直ちにこれを控訴人呉に返還するというものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。しかして、右認定の事実によれば、本件の代物弁済予約は、被控訴人が控訴人呉に貸付けた二二七〇万円の支払いを担保する目的を有するものであることはあきらかであり、その趣旨とするところは、債権者たる被控訴人が担保物たる本件土地の所有権を取得することと自体にあるのではなく、右土地の有する金銭的価値に着目し、その価値の実現によつて自己の債権の排他的満足を得ることにあり、本件土地の所有権の取得は、かかる金銭的価値の実現の手段にすぎないものというべきである(最高裁判昭和四九年一〇月二三日大法廷判決・民集二八巻七号一四七三頁参照)。
2 これに対し、被控訴人は、本件は控訴人呉の債務の担保を目的とした代物弁済の予約ではなく、抵当権の本来の実行に代えた簡易な決済手段を定めたにすぎないと主張するが、債権担保のために設定された抵当権の目的物件を本来の請求に代えて取得することは、それ自体債権担保の目的をもつもの以外のなにものでもないといわざるをえないし本件の全証拠によつても、本件の代物弁済予約が債権担保以外のなんらかの目的を企図したものと認めることはできない。もつとも、弁論の全趣旨によれば、本件では、代物弁済予約にもとづく所有権移転請求権保全の仮登記が、右予約の締結と同時にはなされないで、予約完結の意思表示後に裁判所の仮登記仮処分命令によつてはじめてなされたことが認められるが、<証拠>によれば、予約の締結と同時に仮登記をしなかつたのは、当時、本件土地につき東京都との間で売買の話がもちあがつていたことから、仮登記をしてもすぐに抹消しなければならない事態が予想されたことと、右売買が実現すれば期限前にも貸金全額の返済が約定されていたことによることが認められるうえ、もともと仮登記は公示方法の一種であつて法律行為の成立要件ではないから、仮登記が予約の締結と同時になされなかつたからといつて債権担保の目的を認定するうえでの支障となるものではない。また清算条項がおかれているのは、被控訴人が代物弁済の実行によつて被担保債務の履行以上の利益を得ることを防止し、代物弁済による所有権の移転を債権担保の目的に限定しようとしたものであることがあきらかであつて、最高裁判所の判決によつて発展させられてきたいわゆる清算型代物弁済予約に関する理論と同様の結果を当事者の合意によつて実現しようとしたものと解するのが相当であり、清算条項の存在こそは債権担保の趣旨をもつとも明瞭に表現したものというべきである。
なお、被控訴人は、本件の代物弁済予約における当事者の意思は予約完結の意思表示によつて本件土地の所有権を確定的に被控訴人に帰属させると同時に控訴人呉の債務を同様に消滅させることを内容とするものであつたとの主張をするが、本件の全証拠によつても、本件の代物弁済予約において、目的たる土地の所有権の移転時期ないし被担保債務の消滅時期に関して具体的な約定のあつたことを認めることはできず この点は、後述するように、本件の代物弁済予約の趣旨をみきわめたうえで解釈によつて補充するほかにないものである。また、被控訴人は、控訴人呉は予約完結の意思表示後被控訴人の訴訟代理人に対して本件土地の所有権が被控訴人に移転したことを認め本登記手続に必要な委任状、印鑑証明書の交付を約束するとともに自己の債務が右所有権の被控訴人への帰属により消滅したことを認めていたと主張し、仮定的に右事実は所有権移転のあらたな合意に該当するとの主張をする。そして、<証拠>には、右約束の存在を基礎づける供述部分があるが(控訴人呉が債務の消滅を承認していたとの点については証拠がない)、右供述は証拠と対照して直ちには信用できないのみならず、仮に控訴人呉が主張のごとく本登記手続に必要な書類の交付を約束したとしても、ほかに特別の事情があつたことの認められない本件では、それは単に本件土地の所有権が清算特約つきで被控訴人に移転したことを認めたにすぎないもので、本件の代物弁済予約の有効性を承認した以上のものとはいえないから、右約束をもつて、あらたな所有権移転の合意とみることができないのはもとより、本件土地の所有権の移転時期ないし被担保債務の消滅時期に関して、代物弁済予約の内容を補充する具体的な約定とみることもできない。
3 つぎに、被控訴人は、本件では清算金の提供が約定されており、鑑定評価により予約完結時の客観的な清算額の確定ができるのであるから、予約完結の意思表示によつて評価清算が完了し、その後は清算金の支払いが残るにすぎないと解すべきであり、評価清算も予約完結の意思表示当時の価額を基準としてなすべきであるとの主張をする。そして、被控訴人が、その主張するとおり、昭和三〇年八月六日控訴人呉に到達した書面により同月一〇日効力が発生したと認めるべき予約完結の意思表示をしたこと、昭和四七年一月二五日、右意思表示の効力発生当時における本件土地の評価額から被担保債務の元利合計額を控除した残額に年六分の割合による利息を付加した金額を弁済供託したことは当事者間に争いがない。しかしながら、前述したように、本件の代物弁済予約は、被控訴人は予約完結の意思表示後遅滞なく日本勧業銀行をして本件土地の坪当り時価を鑑定させ、その結果本件債務金額を超過する部分があるときは直ちにこれを債務者に返還するという内容のものであるから、評価清算が完了したといえるためには、少なくとも、本件土地の時価を鑑定することと、右時価が債務金額を超過するときはこれを返還することの二つの要件を具備することが必要であつて、単なる予約完結の意思表示のみでは予定された評価清算が完了したといえないことはあきらかである。これに対して、評価清算の基準時については、右約定によつて予約完結の意思表示後遅滞なく本件土地の時価を鑑定すべきものとされていることにかんがみるならば、これを予約完結の意思表示の時期と一致させる趣旨であつたと解しえないではないが、いうまでもなく、このことは評価清算が予約完結の意思表示に近接して行なわれることが当然の前提となつているのであつて、本件のように、予約完結の意思表示と評価清算の間に一六年以上もの隔たりがある場合はもはや右約定の予想しないところであるといつてよく、したがつて、かかる場合における評価清算の基準時については、むしろ、解釈によつて合理的に確定することが許されているものと解するを相当する。けだし、評価清算が約定どおり行なわれずに延び延びとなつているにもかかわらず、その基準時についてのみ約定に拘束力を認めこれに変更を加えることができないものと解することは、評価の適正を欠き著しく不合理な結果となることは一見して明白だからである。かようにして、予約完結の意思表示の時期をもつて評価清算の基準時と解する被控訴人の主張は、本件のごとき事案には妥当しないのであつて、むしろ、本件の代物弁済予約が債権担保を目的とするものであり、しかも当初から評価清算の約定がなされていて債権者たる被控訴人が被担保債務の履行以上の利益を得ることにきびしい制限が課せられている趣旨を直視するときは、評価清算は現実にこれをなす時点での目的物の時価を基準とするのがもつとも合理的であり、それがまたいわゆる清算型代物弁済予約の法理にも適合するものというべきである。
被控訴人は、評価清算の内容ないしその基準時に関して契約解釈の名のもとに当事者の合意を変更することの不当性を主張するが、右に述べたとおり、評価清算の内容については約定によつて明確であつて解釈による変更の余地もその必要も存しないし、評価清算の基準時については、評価清算が予約完結の意思表示後遅滞なく行なわれず両者の間に一六年以上もの隔たりがある本件では、むしろ右事実をふまえた合理的な解釈を施すことこそ法の理念にかなうものというべきであつて、右主張は失当といわざるをえない。そして、前述したことは、評価清算の遅れたのが、控訴人呉において代物弁済予約そのものの効力を否認して長期間抗争してきたこと、あるいは、被控訴人主張のように、本件の公正証書によつて指定された日本勧業銀行が従来は私人の依頼による鑑定を引きうけなかつたことに起因するからといつて、別異に解すべき理由とはならないものというべきである。
してみれば、本件では、予約完結の意思表示のみによつて評価清算が完了したものといえないのはもとより、右意思表示当時における本件土地の価額を基準として評価清算をすべきであるともいえないから、被控訴人がした前記評価清算は、これをなすべき基準時の採用を誤まつた不適法なものである。のみならず、<証拠>によれば、被控訴人が清算金等の弁済供託をした昭和四七年一月二五日当時における本件土地の価額は一億一五九〇万円を下るものではなかつたことが認められるから、評価清算は現実にこれをなす時点での目的物の価額を基準とすべきであるとの前記説示によると、被控訴人が控訴人呉に返還すべき清算金は三八二〇万二四四〇円となるので(115,900,000 本件土地の評価額
−{22,700,000 被担保債務金額+
54,997,560 被担保債務金額に対する弁済期の翌日である昭和30年6月27日から弁済供託をした昭和47年1月25日までの日歩4銭の割合による遅延損害金}=
38,202,440円)、被控訴人が本件でした一七七万一七六一円の弁済供託は、本来返還さるべき清算金の二〇分の一以下であつて絶対額が低すぎるため、右の弁済供託についての清算金の全部弁済はもとより一部弁済としての効力をも認めることはできない。
4 このように、被控訴人がした評価清算は不適法であり、これにもとづいてなされた弁済供託も無効であつて、評価清算はいまだ完了していないことに帰着するところ、これに引きかえ、控訴人呉は、本件の被担保債務金額と遅延損害金の全額を弁済供託したことにより、被控訴人が本件土地について有する担保権も消滅したと主張するので、進んでこの点について検討する。控訴人呉の訴訟代理人が、昭和四九年一二月二七日、被控訴人の代表者劉啓盛に対し、住友銀行東京営業所振出しの小切手をもつて、被担保債務金額二二七〇万円とこれに対する弁済期の翌日である昭和三〇年六月二七日から昭和四九年一二月二七日までの日歩四銭の割合による遅延損害金六四六八万五九二〇円の合計八七三八万五九二〇円を弁済のため提供したが、その受領を拒否されたので、右同日、東京法務局に対して右合計額を弁済供託したことは、当事者間に争いがない。
ところで、本件の代物弁済予約においては、目的たる土地の所有権の移転時期ないし被担保債務の消滅時期について具体的な約定のあつたことを認めるべき証拠がないことは前述のとおりである。したがつて、控訴人呉がした右弁済供託の効力いかんは、この点をいかに解するかにかかることになるが、本件の代物弁済予約が清算特約つきのものであつて、これにもとづく所有権の移転もひつきよう本件土地の金銭的価値に着目しその価値の実現によつて被担保債権の排他的満足を得るための手段にすぎないことにかんがみるときは、被控訴人による評価清算(前述したようにその内容としては、本件土地の時価を鑑定することと、右時価が債務金額を超過するときはこれを返還することの二つの要件を具備することが必要である)の完了をもつて所有権の移転時期したがつて被担保債務の消滅時期を画するのを相当とし、控訴人呉としては、被控訴人が本件土地の鑑定を行ない清算金の支払いをするまでは、被担保債務金額およびこれに対する遅延損害金を弁済することによつて担保権を消滅させ本件土地の完全な所有権を回復することができるものと解すべきであり、このように解することがまた前記最高裁判決の趣旨にも適合するものというべきである(なお、最高裁判所昭和五〇年七月一七日判決・判例時報七九二号三三頁参照)。しかるときは、控訴人呉がした右弁済供託は、時期的には被控訴人がした前記清算金の弁済供託よりも後であるが、後者の基礎となつた評価清算が不適法であつていまだこれが完了したことにはならない以上、被担保債務の弁済として有効であるというべく、その結果本件土地に対する被控訴人の担保権も消滅したことになるから、右担保権についてなされた仮登記にもとづく本登記手続を求める本訴請求は失当といわなければならない。
二被控訴人の控訴人福田、同出浦に対する請求について
控訴人福田、同出浦が本件土地を占有していることは当事者間に争いがないが、被控訴人の右控訴人らに対する請求が被控訴人において控訴人呉から本件土地の所有権を取得したことを前提とするものであることはその主張自体によつてあきらかであるところ、右所有権取得の認められないことはこれまで詳しくみてきたとおりであるから、控訴人福田、同出浦に対して本件士地の明渡しを求める被控訴人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく、失当たるをまぬかれない。
三結論
以上のとおりであつて、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がないから、これを認容した原判決を取り消し、右請求をすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(吉岡進 兼子徹夫 太田豊)